日本中が高度経済成長に沸き始めた1950年代後半、

ここ用瀬も智頭や佐治との重要な拠点として多くの人や物で賑わっていた時代、

その物流の要となっていたのが鉄筋コンクリート製の無骨な建物「旧日本通運 用瀬支店」である。

 

戦後の復興期に国鉄(現JR)の地方沿線に数多く建てられその地域の経済を支えたこの建物も、

今ではほとんどが壊され現存するものはわずかとなっている。

用瀬駅前のそれは頑丈な鉄筋コンクリートということもあって当時の佇まいをほとんど完全に残しながら、

でもただ駅前に鎮座するだけのいわゆる遊休施設となっていた。

 

色褪せて当時のものとは異なるが「日通イエロー」という赤みがかった黄色(山吹色)で塗られたその建物が、

地元クリエーターの手によってリノベーションされ新たなスタートを切ろうとしている。

 

「イエロービルプロジェクト」

 

用瀬の創造と経済の拠点となる新たなプロジェクトがここから始まる。